鹿児島地方裁判所 昭和43年(ワ)38号 判決 1971年8月19日
原告 鹿児島市農業協同組合
右代表者理事 白坂篤行
右訴訟代理人弁護士 和田久
被告 大和興産株式会社(旧商号 株式会社大和プラスチック商会)
右代表者代表取締役 藤森修吉
<ほか一名>
被告両名訴訟代理人弁護士 青山友親
主文
被告らは原告に対し別紙目録記載の建物を明渡せ。
被告らは連帯して原告に対し昭和四一年七月五日から右建物明渡しずみまで一ヶ月金一万五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決の第一項は原告が被告らに対する共同担保として金四〇万円の担保を供するとき、第二項は無担保で、いずれも仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに右第一、二項につき仮執行宣言を求め、請求原因として、次のとおり述べた。
一、別紙目録記載の建物(以下、本件建物という)及びその敷地は、もと被告藤森美智子(以下、被告美智子という)の所有であった。
二、被告美智子の夫訴外藤森修吉(以下、修吉という)は、昭和三九年八月一九日原告との間に、元本極度金四五〇万円、利息日歩三銭五厘以内、損害金日歩五銭の約定で継続的金銭消費貸借契約及び手形取引契約を締結し、被告美智子は、同日原告との間に、本件建物につき修吉の右契約に基づく債務を被担保債務とする根抵当権設定契約を締結し、同日その旨の登記を了した。そして、修吉は、同日原告から、右継続的金銭消費貸借契約及び手形取引契約に基づき、金四五〇万円を、昭和三九年一一月から昭和四〇年三月まで毎月末日限り金五万円ずつ、昭和四〇年四月から昭和四二年八月まで毎月末日限り金一〇万円ずつ及び別途に昭和四一年八月末日金六〇万円、昭和四二年八月末日金一五万円に分割して支払うがもし債務の弁済を遅滞したときは期限の利益を失う旨の約定で、借受けた。
三、ところが、修吉は、右借受金債務を支払わないため、原告は、本件建物及びその敷地の競売申立をなし、昭和四〇年一一月六日競売開始決定を受け、同年同月八日その記入登記を得たうえ、昭和四一年六月一五日自ら右各物件を競落し、代金を完納してその所有権を取得し、同年七月四日原告名義に所有権移転登記を受けた。
四、ところが、修吉を代表取締役とする被告大和興産株式会社(旧商号は、株式会社大和プラスチック商会といい、昭和四三年七月二一日商号変更により現商号となった。以下、被告会社という)は、前記任意競売申立記入登記後である昭和四一年一月一九日本件建物及びその敷地につき存続期間を昭和四〇年八月一日から一〇年とし転貸可能とする賃借権設定登記をなして、右各物件を占有している。また、修吉及び被告美智子の夫婦も、被告会社から転借したと称して、右各物件を占有している。しかし、右賃借権及び転借権は、根抵当権者兼競落人である原告には対抗し得ないものである。
五、よって、原告は、被告らに対し、本件建物の明渡し及び所有権移転登記の日の翌日である昭和四一年七月五日から右明渡しずみまで一ヶ月金一万五、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金の連帯による支払いを求める。
被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、請求原因に対する答弁として、請求原因第一ないし三項記載の各事実は、いずれも認める。同第四項記載の事実は、被告会社の賃借権及び修吉、被告美智子夫婦の転借権が原告に対抗し得ないものであるとの点を除き、他は認める。同第五項記載の事実は、そのうち本件建物の賃料相当額が一ヶ月金一万五、〇〇〇円の割合であることは認める。と述べ、抗弁として、次のとおり述べた。
一、被告会社は、被告美智子から、昭和三六年一二月二九日本件建物及びその敷地を、存続期間被告会社が存続する限り、賃料建物月額一万円、土地月額五、〇〇〇円、毎月末日払い、転貸可能の約定で賃借し、同年同月三〇日頃右各物件の引渡しを受けた。
二、修吉及び被告美智子の夫婦は、被告会社から許諾を得て本件建物の二階のうち八畳間を除くその余の部分を占有使用しており、被告会社は、本件建物のうちその余の部分、すなわち階下全部及び二階八畳間を使用している。
三、被告会社の本件建物の賃借権及び修吉、被告美智子夫婦の本件建物の一部の転借権は、借家法一条一項により、原告に対抗し得るものである。
四、本件建物については、原告主張の賃借権設定登記がなされており、また、賃貸借取調調書には右登記にかかる賃借権のみが記載され被告ら主張の右賃借権は記載されていないが、これは、次のような事情による。すなわち、被告会社の代表者である修吉は、原告主張の競売開始決定の送達を受け、会社の経営、家族の住居等に窮する結果となることをおそれ知人に相談したところ、賃借権を登記しなければいかん、それも過去に遡っても対抗できないから将来の分だけでも登記せよとのことであったため、法律に無知のまま慌てて、賃貸借の始期を昭和四〇年八月一日として前記賃借権設定登記をしたのである。そして、修吉は、競売手続における賃貸借取調にあたっては、執行吏代理に対し、前記昭和三六年一二月二九日からの賃貸借の存在を申し述べたが、同執行吏代理は、前記登記にかかる賃貸借の存在のみを賃貸借取調調書に記載して報告したものである。
原告訴訟代理人は、抗弁に対する答弁として、抗弁事実はすべて否認する。と述べ(た。)≪以下事実省略≫
理由
一、請求原因第一ないし三項記載の各事実、同第四項記載の事実中被告大和興産株式会社(以下、被告会社という)の賃借権及び訴外藤森修吉(以下、修吉という)、被告藤森美智子(以下、被告美智子という)夫婦の転借権が原告に対抗し得ないものであるとの点を除くその余の事実及び同第五項記載の事実中別紙目録記載の建物(以下、本件建物という)の賃料相当額が一ヶ月金一万五、〇〇〇円の割合である事実は、いずれも被告らの認めるところである。
二、そこで、被告らの抗弁についてみる。≪証拠省略≫は、いずれも、被告会社は、被告美智子から、昭和三六年一二月本件建物及びその敷地を、存続期間被告会社が存続する限り、賃料建物月額一万円、土地月額五、〇〇〇円、毎月未日払い、転貸可能の約定で賃借し、その頃右各物件の引渡しを受け、被告美智子に対し、昭和三七年一月から継続して賃料を支払って来たし、修吉及び被告美智子の夫婦は、被告会社から許諾を得て本件建物の二階のうち八畳間を除くその余の部分を占有使用しており、被告会社は、本件建物のうちその余の部分、すなわち階下全部及び二階八畳間を使用している旨供述し、≪証拠省略≫は、いずれも被告会社の決算書類で税務署に提出されたものであるが、これには、被告会社が昭和三七年一月から継続して月額一万五、〇〇〇円の賃料(≪証拠省略≫によれば、本件建物及びその敷地の賃料と認められる)を支払って来た旨の記載があり、また、≪証拠省略≫は、被告会社の元帳であるが、これにも、被告会社が昭和三七年七月から昭和三九年一二月まで月額一万五、〇〇〇円の賃料を支払って来た旨の記載があり、更に、≪証拠省略≫は、被告美智子の被告会社に対する領収証であるが、これには、被告美智子が被告会社から昭和三九年四月一〇日同年三月分の家賃として金一万五、〇〇〇円を、同年六月五日同年五月分の家賃として金一万五、〇〇〇円を受領した旨の記載がある。しかし、他方、請求原因第四項記載のとおり、被告会社は、本件建物及びその敷地につき、任意競売申立記入登記後である昭和四一年一月一九日存続期間を昭和四〇年八月一日とし転貸可能とする賃借権設定登記をしており、また、≪証拠省略≫によれば、被告会社代表者たる修吉は、競売手続における賃貸借取調にあたって執行吏代理に対し、右登記にかかる賃貸借の存在のみを申し出で、前記昭和三六年一二月からの賃貸借のことには全く言及せず、賃貸借取調調書にもそのとおり記載されたことが認められ(≪証拠判断省略≫)、更に、被告美智子本人は、昭和四五年九月一七日の第二回尋問の際、賃料については領収証は発行していない旨供述しているのに、その後結審間近になって昭和四六年二月頃発見されたとして≪証拠省略≫が提出されたことなどからすると、前記決算書類や元帳の記載は、法人税申告の関係で実際は存在しない賃貸借について体裁を整えただけのもの、≪証拠省略≫の領収証は、その作成日付にではなく後日になって作成されたものではないかとの疑念がなくはないが、右疑念を裏づける確たる証拠はないから、結局、≪証拠省略≫は、いずれも措信せざるを得ず、これらの証拠によれば、抗弁第一、二項記載の各事実を認めることができる。
三、しかしながら、本件のように、競売不動産の賃借人が任意競売申立記入登記後に真実存在する賃借権とは異る虚偽の賃借権の設定登記をなし且つ競売手続における賃貸借取調にあたり真実存在する賃借権には全く言及せず右登記にかかる虚偽の賃借権のみを申出たような場合は、右賃借人は、禁反言の法則により、自ら表示したところにしたがって法律関係を律せられることを拒否し得ないものというべく、殊に、競売手続においては、右のような場合には、競売公告も、競落も、右の虚偽の賃借権の存在のみを前提としてなされるわけであるから、もし、賃借人が競落後になって右の真実の賃借権の存在を主張し得るものとするならば、抵当権者や競落人その他善意の第三者は、多大の迷惑を蒙ることとなるが、これは、一に右賃借人の責に帰すべき行為によるものであるから、かかる賃借人は、法律上保護に値しないものといわなければならない。競落人は、民法五六八条、五六六条、借家法一条二項の担保責任の規定による保護を認められているけれども、右担保責任は、債務者の無資力、手続の複雑等のため、必ずしも実効あるものとはいえないから、かかる保護が認められていることは、さきのような解釈をとることの妨げとなるものとは解されない。なお、最高裁昭和二八年三月一七日判決民集七巻三号二四八頁は、借家法により第三者に対抗し得る賃借権は、競売公告に記載なくとも、それにより右対抗の権利が消滅するものではない、とするが、右判例は、本件とは事案を異にするから、本件に妥当するものではない。以上説示したとおり、被告会社は、抵当権者兼競落人たる原告に対し、前記昭和三六年一二月からの賃借権の存在を主張することは許されず、従って、また、修吉及び被告美智子も、原告に対し、右賃借権に基づく転借権の存在を主張することは許されないものといわなければならない。そして、前記登記にかかる賃貸借は、抵当権設定登記後の長期賃貸借であるから、抵当権者兼競落人たる原告に対抗し得ないものであることは、いうまでもない。
四、そうすると、被告らは、本件建物を占有すべき何らの権原をも有しないこととなるから、原告に対し、本件建物を明渡す義務を負うものというべく、従って、また、原告に対し、本件建物不法占拠開始後である昭和四一年七月五日から本件建物明渡ずみまで一ヶ月金一万五、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金を連帯して支払う義務を負うことになる。よって、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき、同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 露木靖郎)
<以下省略>